べき
こんばんは。池田です。
昨日でRFWTも終わりを迎えてしまいましたね。
あえて『はなし -diary-』で詳細を書くべきではないので書きはしませんが、多少なりとも関わりをもてた今回。
初めて実際に現場を目の当たりにすることができ、非常に良い経験になった気がしています。
とはいえ、まだまだ間違いなく見に行くべきとは言えないような気もしてしまったり。
もちろん盛り上がっているとは思うのですが、どうしても内輪感が出てしまっている気がしてしまうんですよね。
海外のコレクションでもファッション業界の周辺が中心に盛り上がっていることに違いはないので、そこまでの差をつけるべきではないのかもしれませんが、海外の方がもう少し国や地域、街をあげて盛り上げているように思えまして。
歴史が違うので比べるべきでもないのかもしれませんが。
ひとまず今後の盛り上がりに期待ということで。
盛り上がるにはどうすべきか、と俯瞰してみている中、だんだんと涼しさを感じるようになっているでしょうか。
雨の頻度が高まっているからかもしれませんが、夜は肌寒さも感じてしまったり。
そうなると寝る時は毛布にくるまるべき事態となってしまうと同時に、毛布好きとしては歓喜の事態にもなってしまうんですよね。
少し肌寒さを感じながら毛布にくるまる時間は至福。
既におじさん化している僕が言うべきことではないかもしれませんが。
それでも毛布が好きなのだから仕方ないというもの。
好みは素直に主張すべきということで。
何故なら好きなのだから。


どんなことであろうと素直になれる世の中になるべきなのにな、と話を拡大させてみながら、本日はINNATのHAND-DYED BOMBER JACKETのご紹介を。
否が応でも手にすべき仕上がりであると実感させてくれる存在かと。

こちらはINNATで継続しているボンバージャケットとされています。
25AWでもセレクトすべきであったにも関わらず、何故セレクトしなかったのかは今となってはわかりませんが、正直なところ後悔していることを告白しておきます。
おそらく考えに考えすぎて僕の思考が露頭に迷ってしまったのでしょうね。
反して今季は露頭に迷うことなくセレクトさせていただいた次第。
それもそのはずで、かく言う僕はオープンしてから初回のシーズンの22AWのものを愛用させていただいており、まだ染色が実現していなかったにも関わらず刺さりすぎてしまいまして。
もう春秋冬には何度だろうと着るべき存在になってしまっているんですよね。

というボンバージャケットでソースとされているのはL-2B。
60年代のL-2Bとされているだけあり、エポレットを備えた仕様とはされていません。
個人的にエポレットは排除されるべきと感じてしまうことが多々あるので喜ばしい仕様かもしれません。
突出したデザインがあるわけではないボンバージャケットとはいえ、その存在感はなかなかのものであることは確かなので、そう感じてしまうのかもしれません。
ここにエポレットが付与されてしまうとごてごてとした佇まいになってしまうところ、備えていないことですっきりしているといったところ。
その姿勢を僕は見習うべきでしょうかね。

それ以外の部分もオリジナルを踏襲しており、中綿なし、左袖にはユーティリティポケットが鎮座。
L-2Bにはあるべきものが存在しているのかと。
足すこともなく、引くこともない、L-2Bそのものとも言いたくなってしまいますね。
だからこそ何度も書いてきているように谷さんのオリジナルへの敬意を感じてしまうでしょうか。
オリジナルへの敬意があるからこそ、何かしらを加えるべきではないという考えがあるのかもな、と思ったり。
もちろん個性がないわけではないのでね。

デザインだけが踏襲されているわけではなく、サイズ感、シルエットも同様のこと。
短めな丈感、ぽわんと丸みのあるシルエット、と粗野なミリタリーアイテムの中でもどことなく愛くるしい佇まい。
当時では愛くるしいなんて表現はすべきではないかもしれませんが、この佇まいがなんともINNATらしいんですよね。
その中でも良い仕事をしているのがリブだと僕は捉えています。
広めな身幅やアームに対してきゅっと絞られるリブが締めるべきところを締めてくれているような。
締めてくれるなんて言いながら愛くるしいとも言いたくなってしまう矛盾を孕んでいることはお許しを。

そこに採用されているのが、個性がないわけではない、と上述したベンガラ染めが施されたナイロン地。
初期はナイロンに染色を施すべきではないとも言われているように染色が実現していませんでしたが、23AWからはそれが実現してしまいました。
染色が施されていないまっさらなものでも良かったにも関わらず、染色が実現してしまうなんて、困った困った。
このベンガラ染めは手作業による染めとなっているので、もちろんムラが生まれた表情をしています。
こと現代の大量生産では手作業なんて採用すべきではないかもしれませんが、手作業だからこその魅力は未来永劫変わらないのでしょうね。
本来の手作業のムラを再現できる技術もあるのかも、これからできるのかも、しれませんが、手作業である事実というだけで価値あるものに昇華されているはず。

これまでのボンバージャケットもベンガラ染めが施されてはいましたが、今季はどうやら薄めのグレー地に施されているとのこと。
その恩恵がどのようなものなのか詳細にご説明するべきなのですが、元々のグレー地がどんなものなのかわからないので、本当のことは明らかにはできず。
グレー地を採用することで染色した上でもグレー地がほんのり表面化することで奥行きのある表情に仕上がっているようで、確かに23AWのものよりも彩度と明度が低くなっていますかね。
なるほど、そう言われてみれば奥行きが感じられるような。
ムラがある時点で感じるべき奥行きにさらに拍車をかけているのかもしれません。
実際のところどこまでの変化があったのかはわかりかねますが、公式がそう謳っているのでそういうことにしておきましょうか。

一方で裏地にはキュプラ、レーヨン、ウールの混紡生地が採用されています。
この裏地がわずかながらに起毛しているのでなんだか心地良いんですよね。
起毛によるふっくら感が抜けているべきINNATの一員として確立する要因なのかもしれません。

いやいや、それよりも重要な作用があることを見逃すべきではありませんね。
それは表地のナイロンとの縮絨率の差。
縮絨率に差が生まれることによるパッカリングもたまらない要素のひとつですので。
パッカリングが生まれているともなると手作業による染色であることに加えて、さらにムラが生まれる結果に。
もはや綺麗に染めるべきではない、とも言うべきなのかもしれません。
何せやる気を感じさせないINNATですし。
この差はおそらく裏地の混紡生地のほうが縮絨率が大きく、だからこそぽわんとした丸みのあるシルエットが前面に出てきてくれているのかと。
実際に触れてみると本来縮絨率が同様であるべきところ、明らかに表地と裏地の間に空間が生まれているんですよね。
もしかしたらがしがし着て洗ってを繰り返した古着もこのような差が生まれているのかな、とも思ったり。

便宜上裏地とは言ったものの、裏地を表にして着ることもできるリバーシブル仕様となっています。
そうするとよりシンプルな印象を感じさせ、ミリタリーらしさを出すべきでない場面には最適なのかもしれませんね。
そんな場面でボンバージャケットを選択しそうにはないことはさておき。
実のところ、僕はこれまで裏地を表にしたスタイルを投稿したことがあるのですが、他ではあまり見たことがないんですよね。
1枚目の画像ではないだけだったのかもしれませんが、せっかくならリバーシブルで楽しむべきな気がしたり。
僕は普段は裏地を表にしていないことは自分の胸にしまっておきます。


そして色味についてはPinkとGrayの2色をセレクト。
Pinkは彩度と明度が低いことを言うべき色味となっており、合わせやすさを兼ね備えているはず。
一方のGrayは黒と銀のどちらにに成長すべきか迷っているような表情をしているのかもしれません。
それぞれを比較すべきではないかもしれませんが、どちらもなんと定義すべきかわからない曖昧さを持ち合わせているでしょうか。
やはり改めて目の当たりにするとセレクトすべきことを実感させてくれますね。
何故セレクトしなかったのか当時の自分を問い糺すべきでしょうか。
問い糺しても結果は変わらないので今季を楽しむべきですね。
これからやるべきことを明確にしていかねばと気を引き締めないといけなそうです。
60年代のL-2Bであるべきデザインのボンバージャケットだからこそ、オリジナルへ敬意を表するべきだという考えに至り、INNATの一員であるべき愛くるしいシルエットやムラのある表情とされることで、間違いなく手にすべきだと感じさせてくるINNATのHAND-DYED BOMBER JACKETを是非。
池田
